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千葉地方裁判所 昭和29年(行)8号 判決

原告 溝口酉松 外一名

被告 銚子市農業委員会

主文

原告等の本件訴はいずれも之を却下する

訴訟費用は原告等の負担とする

事実

原告等訴訟代理人は、被告委員会が昭和二九年五月一七日為した「加瀬絲夫並びに同人妻於一の所有農地を買収しない」との決議を取消す被告委員会が昭和二九年三月二二日為した「加瀬絲夫並びに同人妻於一の所有農地について、農地法第六条第一項第二号所定の所有制限面積を超過する小作地六反二畝二五歩は、公示の日から一ケ月内に他の者に譲渡する様同法第八条に基いて公示及び通知する」との決議の有効であることを確認する。訴訟費用は被告委員会の負担とするとの判決を求め、その請求原因として、被告委員会は同年三月二二日議案第六号農地法第六条該当農地処理の件と題して委員会を開き、銚子市東町八一一番地訴外加瀬絲夫並びに同人妻於一の所有小作農地合計一町七反二畝二五歩中、六反二畝二五歩を銚子市に於ける小作農地所有制限面積一町一反を超過し同法第六条第一項第二号により同人等の所有してはならない小作農地であると認定し、公示の日から一ケ月内に他の者に譲渡する様同法第八条に基いて公示及び通知すると決議し、その旨直ちに同人等に通知すると共に、同年四月一日右趣旨を公示した上、同日より同月三〇日迄関係書類を縦覧に供した。しかして、訴外加瀬絲夫及び同於一の所有小作地の中別紙第一目録記載の農地は原告溝口酉松が、別紙第二目録記載の農地は原告加瀬平治がそれぞれ同訴外人等より小作し、現に耕作して居たので、原告等は同年三月二四日被告委員会に右小作農地の買受申込書を提出したところ、被告委員会はこれを受理しなかつた。而して加瀬絲夫及び同於一は公告の日の翌日から一ケ月内に超過面積を他に譲渡しなかつたから被告委員会は遅滞なく関係書類を知事に進達すべきに拘らず之を為さず同年五月一七日議案第八号農地買収計画樹立の件と題して再び委員会を開いた結果、右加瀬絲夫と同人妻於一とは住居生計を別にしているから同人等の所有小作農地は農地法第六条第一項第二号所定の所有制限面積を超過しないと認定し、同人等の所有農地を買収しないと決議した。しかしながら右加瀬絲夫と同於一とは夫婦であつて、銚子市高神東町八一一番地の自宅に同居し、絲夫は旅館暁鶏館に勤務し、於一は農耕に従事して共に生計を一にしていたところ、被告委員会が同人等の農地を買収の為調査している事を知るや、農地法を脱法して買収を免れようと共謀し、別居の必要は毫も無いのに同年二月二二日於一と同女の三男幸正は、前記住居地より同市外川台町一〇、三六一番地に移転の手続を為した上、訴外亡加瀬喜衛の遺産農地については、同人の養子である訴外加瀬芳子、同絲夫及び長女同於一の三名が均分相続を為すべきところ、絲夫の所有農地が増加することを虞れて、於一の単独名義に同年三月八日相続登記を為し、外観上あたかも絲夫と於一が別居した如く装つたものであるが、絲夫の前記住居と移転後の於一の右住居とは至近距離にあり、日夜往来して居るので生計を別にしているものとは認め難く、全く仮装の別居に過ぎないのである。従つて買収に当つては農地法第六条第二項を適用し、右絲夫と同人妻於一の所有農地は全部絲夫の所有するものと看做し同人等の所有する小作農地の合計面積を基準として同法第六条第一項第一号所定の小作地所有制限面積を超過するか否かを決すれば、同訴外人等の所有農地中小作地は銚子市に於ける小作農地所有制限面積一町一反を六反二畝二五歩超過することは明らかであるにもかかわらず、被告委員会は、同訴外人等の右仮装の別居を真実なものとした結果、その認定を誤り前記の如く同年五月一七日同訴外人等の農地を買収しないと決議したものであつて、右決議は農地法に違反し著しく不当なものである。原告等は前記の様に、加瀬絲夫及び同於一の所有農地を小作して居るものであるから、被告委員会が同年三月二二日為した前記決議に基いて、買収手続がそのまま進行したならば農地法第九条、第三条第二項第一号、第三六条第一項第一号の規定により当然に譲渡若しくは売渡を受けるべき地位にあり、その権利を有するものであるが、前記の如く被告委員会が同年五月一七日為した決議によつて買収手続が中止された結果、不当に右権利を侵害された。よつて本訴に及んだ次第であると述べ、被告委員会の抗弁に対しては、被告委員会は農業委員会法第六条第一項第一号の規定により農地について自作農創設維持に関する事項を処理する権限を有し、右権限に基いて、同年三月二二日加瀬絲夫及び同於一が農地法第六条第一項第二号所定の所有制限面積を超過する小作農地六反二畝二五歩を所有することを認定して、同法第八条の規定により公示及び通知することを決議し、その旨公示、通知を為したものであるから、右決議は単なる行政庁内部の意思決定ではなく、外部に向つて表示されたものである。しかして同法第八条による右公示及び通知が為されると、同法第六条第一項第二号所定の所有制限面積を超過する小作地を所有する同訴外人等は、同法第九条第一項の規定により公示の日から一カ月内にこれを他の者に譲渡することを強制され、若しこれを為さない時は国に買収される法律上の効果を生ずる。従つてかかる法律上の効果を生ずる以上、被告委員会の右決議は行政訴訟特例法に規定する行政処分であると云わなければならない。しかして被告委員会が同年五月一七日為した同訴外人等の農地を買収しない旨の決議は、何にもないときにかゝる決議があつたのとは異る、右決議は前の決議と関連しており、被告委員会が先に為した同年三月二二日の決議を変更したものであるから、先に為した行政処分を後に変更する行政処分と云うべく、単なる行政庁内部の意思決定に過ぎないものではない。よつて被告委員会の抗弁は理由がないと述べた。

被告訴訟代理人は、本案前の抗弁を提出して訴却下の判決を求め、その事由として、農地法第一〇条の規定により国が小作地等を買収する場合に、市町村農業委員会が買収すべき土地を定めて都道府県知事に対して為す書類の進達行為は自作農創設特別措置法の買収計画と異り、行政庁相互間の対内的行為であつて、行政庁の国民に対する対外的行為ではなく、又右書類の進達をしない旨の決定も単に行政庁における内部的意思決定に過ぎないのであるから行政処分ではない。従つて、原告主張の本件被告委員会の決議は行政訴訟の対象となるべき行政処分ではない。原告の本訴は不適法として却下すべきものであると述べた。

理由

被告委員会が昭和二十九年五月一七日「加瀬絲夫並びに同人妻於一の所有農地を買収しない」との決議を為したことは当事者間に争がない。被告は右決議は単に加瀬絲夫並びに同人妻於一の所有農地の買収に関する書類を知事に進達しない旨の決定であつて行政庁における内部的意思決定であると主張しているが、これより先同年二月二二日被告委員会が原告主張のような決議を為し、右に基き原告主張の日に農地法第八条所定の公示及び所有者に対する通知が為され且同条所定の書類が原告主張の期間縦覧に供されたとするならば(被告は以上の事実を争つていない)前記五月一七日の決議は単に買収書類を進達しない旨の決定というばかりではなく、先に為した農地法第八条所定の公示及び通知等により発生するに至つた農地買収手続上の効果(農地所有者は公示の日の翌日から一ケ月内に所有農地を他に譲渡することを強制され、若しこれを為さないときは国に買収されるにいたるであろう立場に立されること)を消滅せしめることをも目的とした決議であると解するのを相当とする。それならば、右五月一七日の決議は行政処分であるかどうかというに、凡そ行政庁の行為でそれが行政庁以外の者の権利義務に影響を与えるような場合には例えそれが手続上の効果に止まる場合においてもこれを行政処分と云うのを相当とするから市町村農業委員会の農地法第八条所定の公示及び通知等一連の行為は之を行政処分と云うべきであると共に、右によつて生じた買収手続上の効果を消滅せしめる行為もこれ又行政処分と云うべきである。

よつて進んで原告が右行政処分取消の訴訟を起し得べきや否やの問題を審究するに、原告の主張に従えば被告委員会は在村地主である加瀬絲夫並びに其の妻於一の所有小作地一町七反二畝二五歩の内六反二畝二五歩を所有制限超過部分とし農地法第八条所定の手続を採つたと云うのであり、又原告溝口は右一町七反二畝二五歩の内田二筆合計七畝七歩、原告加瀬は同じく畑三筆合計一反四畝一一歩田四筆合計二反二八歩総計三反五畝九歩を夫々小作しているというのである。右原告主張通りの関係であつたとしても加瀬絲夫及び同於一は、小作地一町七反二畝二五歩中任意の六反二畝二歩を他に譲渡すればよいのであつて、原告等の小作地を譲渡しなければならぬということはない。若し同人等が原告等以外に譲渡することを欲するならば原告等は譲受けることが出来ず、この場合国による買収の問題を生じないのは勿論である。万一加瀬絲夫等が所定の期間内に他に譲渡しない場合は国により六反二畝二五歩は強制買収されるが、この場合も原告等の小作地が買収されるとは限らず、従つて売渡を受け得るかどうか解らない。右のように見て来ると農地法第八条所定の公示及び通知等の行為により原告等はその小作農地の譲受又は買受の権利を取得したと言い得ないのは勿論、譲受又は買受得る法律上の地位を取得したとも言い得ない、かく言うには余りに離れた薄い関係である。そうだとするならば被告委員会の五月一七日決議により原告等が権利又は法律上の地位を害せられたと言い得ないことは明であるから、右決議の取消を求める原告の本件第一の訴は不適法と云はざるを得ない。よつて之を却下すべきものとする。

第二に原告等は被告委員会の昭和二九年三月二二日為した「加瀬絲夫並びに同人妻於一の所有農地について農地法第六条第一項第二号所定の所有制限面積を超過する小作地六反二畝二五歩は公示の日から一ケ月内に他の者に譲渡する様同法第八条に基いて公示及び通知する」との決議の有効であることを確認することを求めているのであるが前段に詳述したような稀薄な関係にある原告等にはかゝる請求を為すことは到底許されないものと云はなければならない。よつて原告等の本件第二の訴も亦不適法として之を却下すべきものとする。

以上の次第につき訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 内田初太郎 山崎宏八 桜林三郎)

(別紙省略)

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